がスポーツクラブに通い始めてから、まもなく丸7年になろうとしています。とても居心地の良いクラブで、設備も整ってるし、社員もインストラクターも感じが良くて優秀なメンバーが揃っていますし、
沢山の会員さん達とも友達になれて、どうしてモット早くから始めなかったのかと、後悔している位です。

こで前々から疑問に思っていた事を、思い切って書いてみたいと思います。それは、ズバリ題名に書いた通り、「どうして、プールやスタジオにお辞儀をするの?」という事なんです。それも、ある程度お年を召した方達がなさるのなら兎も角、なかには10〜20歳代の若者までが、入室と退室の際に深々と頭を下げるのを、時々見かける事があります。本人達は、至極当り前の事のように自然にお辞儀をしているのですが、50歳代の僕には、とても不思議な光景に思えてなりません。これって、疑問に思う僕の方が、可笑しいんでしょうか?!

高齢の方達がお辞儀をなさるのは、恐らく剣道や柔道などの稽古の際に、道場の正面に向かって一礼する習慣の名残だと思いますし、若者達の場合は、学校のスポーツ部や水泳教室などで、そのように指導されたからだと思います。日本の伝統的な武道や芸道の場合、殆んど全てがお辞儀に始まってお辞儀に終る訳で、実際に僕の稽古場でも、
初心者に最初に教えるのは、お辞儀の仕方なんです。稽古の始まりと終わりには、必ず師匠と弟子が相対してお辞儀をしながら、「宜しくお願いします」「有り難うございました」と挨拶をしますし、師匠に対してだけではなく、舞台にも一礼するように指導しています。

には、「踊りの神様に対するご挨拶」と説明する師匠もいるようですが、信教の自由が尊重される現代では、例えばキリスト教徒のお弟子さんには通用しない理屈なので、僕は「日舞の伝統を守り伝えてきた先人達や、ご流儀の代々のお家元に対する感謝の気持ち」として、舞台に一礼するように説明しています。若いお弟子さん達も、あまり抵抗を感じないばかりか、「その方がかえって気持ちが引き締まるから」と、素直に指導を受け入れてくれています。そしてこの事は、柔道や剣道などの道場でのお辞儀や、試合の前後の一礼にも通じる事だと思います。日本の伝統文化は、礼節を重んじる文化ですから!

もネェ・・・、プールやスタジオにお辞儀するってのは、如何なものでしょうか。ある時、僕の稽古場に見学に来た外国人の友達から、舞台に一礼する様子を「ダレニ、オジギシテマスカ?」と訊ねれて、理解して貰うに苦労したことがありますが、クラブの係員やインストラクターに対してなら兎も角、ガラス張りの明るくて近代的なプールや、最新のトレーニングマシーンがズラリと並んだ、モダンな設計のスタジオに対しての一礼は、まるで僕自身が外国人になってしまったかのように、とても奇異に感じてしまいます。

本の武道の精神主義は、野球やサッカーなどの近代スポーツにまで及んでいて、あまりにも偏り過ぎた精神主義の為に、有望な若い選手の選手生命を奪ってしまう事も、しばしば起こっているようです。それでも流石に最近は、科学的なトレーニング方法が重んじられるようになって来て、無理な練習を強要したり、水分補給を制限したりする事が少なくなっているのは、大変に喜ばしい傾向だと思います。日舞を長年やっている人に、膝や腰の疾患を抱えている人が多いのは、稽古の前後に充分なストレッチやウォームアップ・クールダウンを行わないからではないかと、最近思うようになりました。また、正座が膝によくない事は医学的に証明されているので、稽古の待ち時間に正座し続ける事にも、疑問を感じるようになりました。

節を重んじる事は、伝統文化を守り伝える為には、確かに大切な事だとは思いますが、ヨーロッパの伝統文化であるバレェやオペラの世界では、練習の前後に一々深々とお辞儀をしないでも、立派に伝統的な技術や精神を継承していますし、礼儀をわきまえない人間が育っている訳でもありません。若い人達が日舞や茶道の世界に入る事に抵抗を感じる理由の1つに、正座や座礼への想像以上の嫌悪感があげられる事も、最近の若い人達とのメール交換で判って来ました。今まで当り前の事として、何の疑問も感じなかった習慣でも、本当に絶対必要な事なのかどうか、もう一度見直してみる事も大切なのではないでしょうか。それにしても、プールにお辞儀するのは止めて欲しいナァ!




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その14.≪どうして、プールにお辞儀するの?